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『在家佛教』2004年掲載
エッセイ「行雲流水」より

 ――月刊誌『在家佛教』2004年1月号〜12月号のエッセイ「行雲流水」欄に寄稿していただいたご文章から、その一部をご紹介します。(全文は本誌でお読みください)

2005/1/15更新

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【「行雲流水」欄(2004年)より抜粋 】

 

 
   

 わが国では、四半世紀前より家庭電化製品が全国津々浦々に行きわたることによって、子ども達を家事労働の分担者として期待する必要がなくなってしまいました。家事労働を通じての家庭教育の伝統が失われたことは、子どもの人間形成にとって地殻変動とも言える環境の決定的変化を意味しています。そのため先進諸国では、母親が求めるのは勉強かスポーツで頑張ることのみになる。これは「成功か失敗か」という単純な物差しですべてが測られる事態を意味します。
――1月号〈未生怨コンプレックスの時代〉松田正典

 

 学校は、一人一人違う生徒たちと一人一人違う教師たちがかかわり合うところである。一人の教師に見える生徒の心はたかが知れている。しかし、だれか一人の気になった小さなことでも、持ち寄れば、生徒理解に大きな理解を持って来る。
――1月号〈「教育改革」への不安〉西村心華

 

 それまで持っていた力を失うのは哀しいことです。それは誰でも同じことです。しかし、三宮(麻由子)さんといい、(青山)平立老師といい、そのあとが違ったのですね。なにかを失っても、すべてを失ったわけではありません。自分に残されたものの中に大切なものを見つけ出して、それを磨くこと。神通力の獲得にはそんなプロセスがあったのか、と感心した次第です。
――1月号〈失うことと神通〉岡田真美子

 

 (人間万事塞翁が馬という)諺は無常観とともに天然には抗しきれないもののあることを語っているのでしょう。私はかつては、この無常観は現状肯定あるいは諦観の例えに思え好感がもてませんでした。でも、何時の間にか仏教の輪廻にも通じていると思うようになり、人生を歩むうえでの指針となっていました。これを語ってくれた友は、夜学で大学を卒業し、生涯を福祉に生き先年逝去しました。
――1月号〈人間万事塞翁が馬〉上田悟

 
 
   

 ……不渡りの手形とか、その金額がこの家にとって何を意味しているか、など、こまかな事情が幼い子供によく分かっていたわけではあるまい。しかし、不景気の世の中や、その家の苦境の様子だけは十分に分かっていて、悲しみに打ちひしがれていたことは、今も昔も変わらない。現代の不景気の世の中での一番の被害者たちは感受性の鋭い子供たちである。
――2月号〈昔と今〉梶山雄一

 

 (壬生)照順老師のもとで、月に二度の夜坐と早朝の一日、僅か二時間ほどの止観会であった。しかも坐禅はその半分の一時間、その短い時の間も、心の静まることはなかった。一日の仕事や愛憎が止まることなく湧き上がって来る。果ては遥かに忘れ去っていた幼児期のいささか事までが泡のように何処からともなく浮き上って来る。無想の心地を願って、払っても払っても、根強く、執拗に纏わりついて来る。世に生きて、呻吟していた頃、今もなお遠い日としない。それでありながら、帰るさの夜道、心は不思議に清浄感に満たされ、健やかな己を発見するのであった。
――2月号〈清水寺の朝〉原田清

 

 確かに今の世界でアメリカの存在を全く無視して何が決められるのだろう。イラクのフセイン政権が核を持つ、けしからんと兵を進める。アメリカがはじめて核兵器を作り「実験場」として「ヒロシマ」と「ナガサキ」を一瞬にして廃墟とした。アメリカは自らの核を全く破棄するとはいわない。「私の核はいい核、お前の核は悪い核」その理由は世界の安寧と秩序を守るのはアメリカだけで充分だというわけだろうが、こんな理屈が歴史の中であと何年続くのだろうか。
――2月号〈アメリカ時代と世界の宗教者〉緒方彰

 

 うれしいではないか
 宇宙がいのちだっていうのは
 宇宙中がいのちの広がりだっていうのは
 うれしいではないか
 わたしのいのちが初めから終わりまでずっと
 宇宙のいのちだっていうのは
 ほとけのいのちだっていうのは
――2月号〈応帰 −今まさに本願海に帰らん〉佐藤友則

 
 
   

 二本の手のうち、一本の手は、念仏申すと楽になるという体験を経た、念仏握りしめの手。もう一本はなるべく思い通りになったらいいなあ、とこねこね掻き混ぜている手。手がだるくなると、極楽免許を欲しがる手でもありました。仏かねてしろしめして、二本の手を御用意下され、残る一本の手の引きちぎれる日がいよいよ到来。
 故郷の温泉の湯の中で、夫は永遠のいのちのもとへ還っていった、その時、滂沛としてお出ましくださる南無阿弥陀仏。長年残って居た一本の手は、如来さまの御活動を、われの思いにねじ曲げようとしていた手でした。
――3月号〈二本の手〉西川和榮

 

 臨床家としてこころに届けたいのは、「あなたが誕生したということは、待望され、願われた存在であるということです」、また「あなたが挫折し失敗しても、まるごと、あるがままの姿で認められているのです」ということです。
 時代は熾烈な競争社会です。失敗が許されない構造になっています。しかし、人間は規格大量生産品ではなく、生身の存在です。傷つきやすくこわれやすい、大切なこころをもった人間です。本来、すべてのひとは「まるごと」認められているのですから、強迫的に「〜しなければ許されない」ことはないはずです。ちょっと一休みして、「あるがままの姿」へ立ち返り、慢心を捨てて蘇って生きる道を共に歩みたいと思います。
――3月号〈臨床の余滴〉佐賀枝夏文

 

 識を中心とした心は、脳の影響下にある。つまり心の先導による、いうなれば脳先の修行で、ことは八・九割かた成る。情報化が極度に発達した現代社会を考えてみればよい。パソコンやインターネットで大概のことは成る。しかし、どうにも成らぬものが残る。心、つまり脳では制御できないものである。それがうまくコントロールできることを「脳後の莫作」(道元『正法眼蔵』諸悪莫作)と言っておられるのではないか。
――3月号〈「脳後の莫作」考〉小倉玄照

 

 今日の戦争は、近代兵器がコンピューターによってコントロールされ、勝利側に一人の戦死者も出さず終わることも可能になっている。それ故、敗者がいくら傷ついたり亡くなったりしても、それに対する嫌悪感や罪悪感がなくなってしまいがちである。また、それ以上に忘れてはならないのは、わずかな統治者や為政者の意思や判断によって何千何万という罪なき大人や子どもたちの命が奪われていくという現実である。しかも指令を出した当人は安全地帯にいて、我が身を危険にさらすことがないとしたなら、こんなむごい話はない。
――3月号〈正義のための戦争ではなく、智慧による平和を〉菊城淳真

 
 
   

 おそらく、いま人々は、他人から、そして自分自身から、評価されることに疲れている。……彼らは評価されたいのではなく、受け容れられ、共感されたいのだろう。たったひとりであることの意味は、その存在を無条件に他者から受容され、共感されることによってしか、感じられない。
 何かができるわけでもなく何かの役に立つのでもなく、彼がそこにいることだけに意味を感じ共感できる人、そういう人がいるとすれば、それは幸運にも出会うことのできた「親」であり、「友」であろう。だから、私は思う。真に親であること、友であることの責任は重い。
――4月号〈「一つだけの花」が咲くために〉南直哉

 

 〈居職〉といっても今では通じなくなってしまっていますが、職住接近どころか、住居即仕事場として生活している方々のことを言うのであります。……
 こんな居職のおじさんの一人と道すがら擦れ違ったことがありました。“どちらへ”と声をかけましたら“ちょっと折れ口がございまして”という答えです。……葬式だということを言わずに“折れ口”と応えたところに、このおじさんの下町の住人らしい世界を感じました。
――4月号〈居職と折れ口〉福田亮成

 

 日本の美は、西欧の美意識とは全く異なり、完全というものを好まない。その理由は、完全には終りがあり、これで良いということを意味するからである。日本ではこれを好まない。完全なる美に対して、我が国の美は不完全の美である。不完全にはその先に無限の可能性が開けていると考える。……
 不完全といえば、通常完全に至る一歩手前と考えるが、ここでは、完全を超えた形には作り手の生に対する哲学が加わる事により、形が不完全になってゆくという日本の美学が存在する。
――4月号〈日本庭園は「完全を超えた不完全の美」〉枡野俊明

 

 中・高年男性の自殺が急増している点をにらんで、現在の〈不況→リストラ〉といった原因を指摘する解説が多いのですが、私は少し違った考えをもっています。……
 かりに一家の大黒柱がリストラされ、結果、家計が苦しくなったとして、それで何ほどのことがあるでしょうか。食うや食わずの頃を思い出せばすぐに判ります。家計の苦しさが、かえって人々に分かち合う心を豊かに育くんでいたはずです。
――4月号〈病に気付かない“患者”さん〉大村英昭

 
 
   

 「脚下照顧」という禅語を引くまでもなく、己の足元をおろそかにできない意味がある。文字通り地に脚を着けた生き方が、人の人たる所以である。人類はその特性である直立二足歩行を十分にするため、紀元前三千年も前から靴を履く習慣を身につけたといわれる。……
 先日新聞の投書に、ある年配の男性が、「履物は常に“出船型”に揃えておくものだ」と教えられた旨を紹介していた。船は船首を港外にむけていつでも出港できるようにしている。履物もそれと同じだというのである。あなたの履物で今すぐ出かけられますか。
――5月号〈五百二十の靴と二十のサンダル〉早坂文明

 

 仏教では将来、欲求するものが満たされれば幸福になるであろうと思うのは「人間が勝手に考える妄想である」と教えられるのです。相対的な世界であるがゆえに、量・質においてより上を目指します。いったん目標が達せられたとしても「さらに上を」目指すという相対的な世界の宿命のようなもので、限りがなくなっていくのです。……
 「今」「ここ」で知足の世界をいただく者には明日は必要としません。明日は仏さんにお任せであります。
――5月号〈「今」「今日」しかない〉田畑正久

 

 金権病の病原菌は「貪欲」であろう。日本は太平洋戦争後平和な文化国家を発足させることを理念として再出発した。ところが半世紀たってみて出来上がった国家は金権病に取りつかれた病的国家であった。
 貪欲に瞋恚が加わり、無知・無恥の基盤の上に築かれたのが日本という国家である。まだ世界の中で重要な役割を担っていると思っているのは日本の政府と国民だけで、世界から見るとハナ持ちならぬ金権主義の三流・四流国家なのである。
――5月号〈心を病む国 日本〉田村晃祐

 

 死は絶対です。どんなに大声で叫んでも応答はありません。地球上をどんなに探しても会うことはできません。……
 この厳しい愛別離苦のなかで救いはお念仏です。お念仏が浄土に往生したものとの唯一のコミュニケーションです。南無阿弥陀仏の中に生きていることを実感します。私の称えるお念仏はお浄土からの呼びかけであることを実感します。お念仏に遇えて良かったと思います。愛別離苦の情は生涯消えないでしょうが、それが浄土への願生心に転じられているのでしょうか。
――5月号〈愛別離苦〉中村敏郎

 
 
   

 (リシケシの)行者たちと話しているうちに海抜三七○○メートル、四○○○メートルの洞窟に、かなり多くの聖者たちが住んでいることがわかってきた。いまどき、そんな人たちがいることが信じられなかった。会ってみたかった。どんな暮らしをしているのか知りたかった。そうした聖者たちも、これから先、いなくなるだろうという予感があった。人類のスピリチュアルな吃水線は、さがりつづけていくだろうから。それが滅びる前に、会っておかなければならない。
――6月号〈ヒマラヤの聖者を求めて〉宮内勝典

 

 ……人は怪我や病気で欠落を生じるし、人はいつかは、必ず死ななければならないのである。ところが、そうした「人間全体の問題」について、これまで医学はあまり着目して来なかったように思う。治療とはそういうことなのだろうが、振り返って思えば仏教もまるでそんな医学に追随するような傾向がなかったかどうか。どうも同じ轍を踏んでいるように見えるのが僻目であれば幸いである。
――6月号〈医者に行った話〉沖本克己

 

 岡倉天心は、人間は花の美しさに気づいたことによって獣の状態から抜け出たと言う。但し彼はこうも述べる。人間は、十歳は獣、二十歳は狂人、三十歳は落伍者、四十歳は詐欺師、五十歳は罪人であると。齢を重ねることによって内省も智慧も増していくはずである。高齢者を無視すれば、現役?の詐欺師・罪人だけが巾を利かす国になってしまう。
――6月号〈退歩これ前に向かう〉三友量順

 
 
   

 今日わが国でも、巡礼ブームだという。
 バブル経済崩壊後十数年で巡礼者の数は十数倍になったという。だがそれら巡礼者に目的を尋ねたアンケートによると、近親者の供養が最も多く、次は願い事の成就祈願が続き、その七割までが自我中心の成就祈願となっている。日常から脱出して折角巡礼に出かけても、我執と同行している限り、仏教の真実に出会えないのである。それは末期癌になって初めてほんとうの「いのち」に出会う人もあれば、最後まで亀毛のような虚妄の生にしがみついている人が多いのと変わりない。
――7月号〈日々是巡礼〉青木新門

 

 (梅原猛先生と)「鳥獣戯画」の話に及び、覚猷がどのような気持でこれを画かれたか、これはその当時の仏教界の僧に対する風刺画であろうと介された。申猿が野原に祭壇を造り、柿や栗など野の果物を供え、芒や野花を飾り、法衣袈裟をかけて拝んでいる戯画である。世に“論語読みの論語知らず”の諺のように、“経読みの経知らず”の僧が多かったのではなかろうか。この戯画によって、頂門の一針として世の僧に反省を促したのであろうと。
――7月号〈申歳に想う〉滋野敬淳

 

 現代日本人の頭の中は、実験と観察によって証明されなければ信じられないという、主として自然科学的な思考回路によって占められています。温かく働きかけ、迷う人々を救い上げようとする真理を感じ取り、知り、考える思考回路は養成されていません。否、考える機会すら与えられていません。学校のカリキュラムを見ればよくわかるはずです。科学的な真理感しかもっていないため、科学によって便利になっても、たとえば死の問題に科学が何の救いも与え得ないことに気づいたとき、絶望的な世界観しかもつことができません。現代人に不信感や孤独感が強いのもこれと無縁ではないと私は思います。
――7月号〈現代人の思考回路と仏教〉加藤智見

 

 西洋の人たちには、磔刑像が具象化したような、血の流れるような「愛憎」のボルテージが、東洋の民族より高いのではあるまいか。……
 血を見ることを回避しない精神の「かたち」がもしあるならば、一方にはアヒンサー(不殺生)を信条としてきた東洋の宗教の「かたち」のあることを私たちはもっと自覚し、そのメッセージを世界に発しなければならない。
――7月号〈西と東の「かたち」〉乗元惠三

 
 
   

 日本では、社会的つきあいの「ほどほど」主義が学問や研究の中にいつのまにかしのびこみ、学問研究あるいは精神的仕事の徹底性をこわしてしまうか、ひどく弱めてしまうことがかなりしばしば見られたし、いまも見られる。……
 科学や哲学でなかなか独自の展開がみられない理由のひとつには、徹底精神の欠如がある。もしこれが日本人の不変の文化伝統であるなら、すくなくとも学問と文化の面での独自性発揮は絶望的である、しかしおそらくそうではない。いくらでも可能性は開けている。
――8月号〈徹底精神の復興〉今村仁司

 

 私は式師示訓で……新たな旅立ちをするA君夫妻が、今取り組んでいる精神ケアの道と、将来R寺の住職と寺族として檀信徒や地域社会の人びとへの布教教化の道は、まさしく共通するものがあることを強調した。それは共に、相手の目線に自分の目線を合わせ、常に相手の立場に立って行う同事行であるということである。
――8月号〈A君への式師示訓〉田中良昭

 

 教育の目標は、民主主義を人類普遍の原理、道徳としてコスモポリタン(世界人)を育成することであってはならない。今こそ我々は運命共同体としての民族・国家についても考えなくてはならない。国家を抜きにした民主主義などは、現実にはどこにも存在しないのである。現実に存する民主主義は、それぞれの国家、民族の長い歴史と伝統とに立脚したものであり、その精神的・文化的風土にふさわしい個性を帯びたものだけである。
――8月号〈国家と忠誠の義務〉和田隆

 

 奈良・京都の古美術研究旅行の日程の中に、奈良北郊の円成寺があった。知られるかぎりで運慶の初期の作品である大日如来像がここにある。いまは境内の多宝塔に安置されているが、当時は本堂の隅の暗がりに置かれ、外光のはいる蔀戸を背景に美しいシルエットが浮かびあがっていた。智拳印を結ぶ真摯な姿勢、そして写実的な肉体表現を見て、それまでもっていた仏像のイメージがくつがえされた。この作品と作家のことを知りたい。無条件にそう思った。
――8月号〈運慶の大日如来像〉山本勉

 
 
   

 人間教育の基本、それは親や教師、社会が仕付け糸になることです。和服・洋服のいずれを問わず、キチンと仕付けをしないことには、一着の裁縫は不揃いで、使いようもありません。仕付けは「躾」でもあるのです。……
 京都のある寺を訪ねた折り、お地蔵さんを拝観したいと思い、受付に問い合わせました。すると若い尼僧さんがニッコリほほえんで、「あちらにいらっしゃいます」というのです。「いらっしゃる」、何と瑞々しく清々しい響きではありませんか。
――9月号〈親は子を 子は親をうつす鏡〉鈴木永城

 

 末期の人と自然(神・宇宙・真理)の世界とは照応交感しあいながら、そのゆるぎない内的現実(死と生滅と吸収)をたがいに確認しあうところに佇んでいるのだと思う。……
 つまり「末期の目」とはスノビズム(俗物趣味)に侵された虚仮不実の人間たちが見失っている価値の深淵への鋭い追及力――それを常識的健常人は病的という――を備えているのである。
――9月号〈末期の目に映るにっぽん〉高瀬廣居

 

 聖なる社寺林とりわけ鎮守の森のありようが再評価されるようになった。カミの静まる山を神奈備とあがめ、その森林をオソレとツツシミのなかで守り活かしてきた。鎮守の森は信仰の場であるにとどまらず、寄り合いと自治さらに芸能などの場としてうけつがれてきたその伝統が改めて注目されつつある。……
 しばしば「森の文明」の重要性が指摘されるが、森そのものが文明ではない。森林と人間とのかかわりのなかで「森の文明」が具体化する。
――9月号〈森林と文明〉上田正昭

 

 ……機械技術を生み出すものは、人間の頭脳であり、知恵です。知恵がどんどん先行してゆくことによって、人間の身体とますます乖離してゆく方向に進んでいることは間違いありません。いままで人類が体験したことのない「機械文明と身体性の乖離」という問題に、いままさに遭遇しつつあるといってよいのでしょう。人間の身体性は、みずから知っているのでしょう、知恵が先行し、人体を超えた方向に進んでいくことの危うさを。この人間の理性と身体性の溝を埋めるということが、現代の大きな課題なのだと思います。
――9月号〈身体性への希求〉武田定光

 
 
   

 (蘭渓)道隆和尚とともに同じ船で帰国し、日本へ案内したのは、ほかでもない、信州安楽寺開山の樵谷惟僊(しょうこくいせん)和尚その人だったのである。……
 いわば、惟僊和尚なくして道隆和尚の来朝はなく、ましてや建長寺の開創、そして鎌倉禅の発祥や興隆はなかった、といっても過言ではないと思われる。ゆえに、鎌倉禅の原点は信州塩田の別所安楽寺にあり、しかも、塩田の別所地域は、鎌倉禅とその文化の原風景を今にのこしている貴重な処次だと、私は思っている。
――10月号〈「信州の学海」に想う〉三浦勝男

 

 『子供叱るな来た道じゃもの』『年寄り笑うな行く道じゃもの』……
 『来て見て悟る老いの坂道』でございます。若者の成長期には日々、新しい事柄に挑戦して速やかに物事を解決する体力、精神力が限りなくありますが、老人は残念ながら体力が衰え、積年習熟して来た体験の閃きが無くなり失意を感じさせるものと覚りました。
――10月号〈老いを養う〉獅子てんや

 

 ……六十歳を超えた今になって、少し真面目に仏教の勉強をした結果、現在の教団の教えと実践に対していくつかの疑問も出てきました。それにつけても、昨今の仏教書ブームを演出されている仏教思想家等の、宗派にこだわらない自由仏教人とも言える言動がうらやましく思われ、教団が固執する宗教実践における狭量さが気になります。
――10月号〈いま求められる自信教人信〉河村公昭

 
 
   

 ……M氏が、一昨年突然五十七歳で亡くなった。残された作品をどうするか。画家とその周辺にいる者の宿命が始まった。……
 残された者としての仕事、それはヨハンナ(ゴッホの弟の妻)が言ったように「生きる目的がないわけではないが、淋しいし、見捨てられたような気がする」仕事である。と同時に、切なくともやりがいのある仕事でもあろう。
――11月号〈残された者としての仕事〉友松浩志

 

 寧波から乗船して普陀山に差し掛かると、突然海中から数百の鉄の蓮花が現れ、船の行く手をさえぎったという。慧蕚(えがく)は、これは観音様が中国を離れて日本に行くことを拒んでいるのだろうと考え、この観音を島に安置して祀り、観音を「不肯去観音」と名づけたという。……
 私がここを訪れた際に、この話には必ず根拠があるに違いないと考え、舟山市の学校の先生や大学生に、これに似た話がないかどうか尋ねてみた。……ある時期には、餌を追ってやってきた魚が、海から噴水のように湧き上がってくるのを見たというのである。それはまるで黒い花のようだったといい、舟山の漁民ならみな見知っているということであった。
――11月号〈寧波・普陀山と日本〉岡崎邦彦

 

 ……念仏踊りのかたちを残しつつも、そこに村の人々が自らの祈りや願いを込めるようになったとき、踊りはその所作の高い完成度よりも、踊りということそのことに重点が置かれ、伝承されるようになったのではないでしょうか。もしも太刀や棒を振る所作が洗練され念仏の踊り手が職業化されたなら踊り手と見る者の間には距離感ができ、皆の切なる願いは二の次になってしまうかもしれません。誰もが持っている、亡き人を弔い生きている者の安穏を願う気持を共有するためには、その距離はできる限り小さいほうがいいのでしょう。
――11月号〈無生野の大念仏〉黒川文子

 
 
   

 有願は一七三八年、新潟県三条市代官島に生まれ、一八〇八年、同白根市新飯田で亡くなった。曹洞宗の僧で、良寛より二〇年先輩に当たる。
 ……有願という名は仏の本願(仏が本来持っている、人を救いたいという願い)を有する意ではなかろうか。すると釈迦如来や阿弥陀如来になりたいと念じていたのかも知れない。時に「大日本有願」とか「日国有願」と署名した作品があり、自分は大日本国の有願だ、という強い自負もうかがわれる。更に「無願」と署名した作品もあり、晩年には有無の相対を超えた迷悟両忘、生死一如の高い境地に達していたと思われる。
――12月号〈有願和尚のこと〉加藤僖一

 

 手術前に比べると、発音は不明瞭になり、少しでも固い食べ物はのどを通らなくなりました。しかし待っていてくださる同行さんにお会いしたいという、その願いが私を突き動かすのです。私はご法話をさせてもらった後が、あるいは法話の旅先から帰る時が一番うれしいのです。お話をさせてもらって、私が育ててもらっているというのが実感です。
 弥陀の本願に生かされる者は、説者も聴者も、ともに助かるとの教えを、入院中、退院後を通して実証させていただきました。
――12月号〈がんの手術、そしてその後〉大石法夫

 

 「一日一夜をふるあひだ六十四億九万九千九百八十の刹那ありて五蘊ともに生滅す」……従って、人が仮に六十年間生きたとしたら、その人は一生の間に凡そ百四十兆回ほど刹那生滅したことになります。百四十兆回以上も生滅をくり返して継続してきた“いのち”が人の一生の生死(分段生死)のときだけは死後もはや継続しないと考える方がよほど不合理ではないでしょうか。
 刹那生滅の道理からすれば、人が滅した(死んだ)そばから生まれ生まれて継続的に存在していくということは、まさに平生底のことなのであります。
――12月号〈仏教では死後を認めないという誤解について〉長井龍道

 

(以上は、『在家佛教』2004年1月〜12月号のエッセイ「行雲流水」欄にご寄稿いただいたご文章をご紹介するために編集部が一部を抜粋したものです。全文は本誌をご覧ください。なお、引用文中の「……」はこの間に中略部分があることを表します)

 

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