| 1. 海外仏蹟巡りの旅 |
インド佛蹟巡礼の旅 (サーンチー佛塔・西デカン石窟寺院を巡る) 平成13年10月17日(水)〜10月25日(木)、事情により、中止しました! |
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インドでただ一か所完璧なすがたで遺ったサーンチーの丘の上の佛塔と僧院址。その大塔の欄楯や塔門の石柱にはブッダを偲ぶ夥しい佛伝や前生譚が刻まれている。二千年の歳月を経た高台の遺蹟から眼前にひろがるデカンの地平に沈んでゆく落日を見る刻々は、宇宙的な静寂の時。西インドのムンバイ(ボンベイ)に近いスッパーラカは、かつて西方のギリシア・ローマ世界との交易の窓となった古代の港。そこから内陸にのびる、街道の山や谷に沿って無数の石窟群がある。エレファンタ島、アジャンター、エローラ、ナーシク、ピタルコーラ、バージャ、ベドーサ等々。そこには豪壮な石窟が遺され、その窟内には修行の僧の瞑想処、荘厳された佛塔、佛塔に添う温雅な表情のブッダの像、壁面を彩る壁画。それらは中央アジアや中国の石窟寺院の祖型であり、さらにはまた遠く海を渡って佛教の伝播した飛鳥の法隆寺に描かれた佛・菩薩像へと連なる。渺々としたデカン高原の地底や断崖に穿たれた聖空間に大乗佛教の二千余年の時の流れを辿る。 |
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インド七大佛蹟巡礼の旅 平成13年2月25日(日)〜3月8日(木)、参加者31名で無事に終了致しました。 |
渺々と流れるガンジスの岸に立った遊行のブッダ。眼前の中洲をゆびさしながら、「比丘たちよ、自らを洲とし、法を洲とせよ」と、ブッダはこの世の濁流に流されることのない「道」を語った。出家することのかなわない在家の弟子たちには、「ブッダを洲とし、法を洲とし、僧を洲とせよ」と、万人の救われてゆく信の一道を語った。また、遥かな対岸を弟子たちと望みながら「ブッダの教えを筏としてこの河を渡りきって彼岸に到ったものは、その筏を背中に背負って陸路を行くであろうか」と問いかけながら、教えが方便であることを明かし、また自らが古人のみい出した古道をただゆびさすものにすぎないことを告げた。そのブッダの七大佛蹟として知られる、誕生の地、開悟の地、初説法の地、入滅の地を始め、王舎城・ヴェーサーリー・舎衛城等、七つの聖地を中心にうつしみのブッダを偲び、ブッダによって説かれた教えの真髄に思いをひそめるインド佛蹟巡礼の旅を新たな世紀への出発にした。
釈尊が生涯にわたってたえず往還した古代の都市王舎城と舎衛城を結んだ街道のガンジスの渡し場パトナにも一泊、開悟の故地ブッダガヤーには二泊して、周辺に点在する数多くの聖蹟を巡礼しました。 |
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| 2. 国内仏蹟巡りの旅 |
| イ.名称 |
古寺を訪ねて法話を聞く会 平成13年12月1日(土)
聖徳太子ゆかりの寺々を巡る会
平成13年12月2日(日)
参加者83名で無事に終了致しました。 |
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この秋は奈良薬師寺を訪ね、現在公開中の平山郁夫画伯の大唐西域壁画を参観し、『在家佛教』誌に「玄奘三蔵法師」をご執筆中の薬師寺執事長・山田法胤先生にご解説とご法話をご法話をいただきました。また翌日は、聖徳太子ゆかりの寺々を巡りました。
上記2つの会は、それぞれ一日だけの参加も出来ました。 |
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| ロ.名称 |
信濃の古寺を巡る旅 平成13年6月3日(日)、4日(月)、参加者52名で無事に終了致しました。 |
信州上田から塩田平へ、天平期の信濃国分寺、鎌倉期の古刹・古塔を尋ね、善光寺宿坊に一泊。
翌日は、善光寺平に、奈良時代草創の大寺院・善光寺を参詣。さらに飯山に、日本臨済宗中興の白隠禅師の師として名高い正受老人恵瑞の庵址を訪れ、古聖を偲びました。
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| 3. 第38回在家佛教坐禅の会 |
| 55名の参加者により、行程を無事終了致しました。 |
| 今年も昨年同様、鶴見の總持寺において、一泊二日の坐禅会を下記要領で行いまし
た。 |
| 期日 平成13年10月6日(土)、7日(日) |
| 場所 横浜市鶴見区 曹洞宗大本山總持寺 |
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