目 次
ある眼科医の悲願 〔上〕 / 前田專學(東京大学名誉教授)
科学技術を偏重し哲学や宗教を軽視する今日の教育のあり方や社会の動向に警鐘を鳴らさずにはいられなかった一人の眼科医の悲願。
人生雑感 / 星野精助(星野物産株式会社会長)
若い頃、一人の篤農家から「百姓は聖人の道を歩める唯一の職業」と聞き、私は自分に与えられた商人の道を聖道にしたいと誓った。
維摩居士の在家道 〈3〉 / 瀧藤尊教(元四天王寺管長)
闇の中に一灯を持ち来たれば、闇は明らかになる。その一灯がつぎつぎに他の灯をともしてゆけば、明かりは遂に尽きることがない。
見性と外道 / 平井謙次(太陽保育園理事長)
自殺/殺人 / 末木文美士(東京大学教授)
国際宗教学宗教史会議世界大会 / 脇本平也(東京大学名誉教授)
グラビア ブッダの道 51 / 東大寺盧遮那大仏の開眼供養会
〈行雲流水〉
二本の手 / 西川和榮(歌人)
臨床の余滴 / 佐賀枝夏文(大谷大学教授)
「脳後の莫作」考 / 小倉玄照(曹洞宗成興寺住職)
正義のための戦争ではなく、智慧による平和を / 菊城淳真(浄土真宗普賢寺住職)
〈如是我聞〉 宗教対話と自己変革(2) / 奈良康明(駒沢大学総長)
〈心月輪〉 ラーフラの出家 / 石上善應(淑徳短期大学学長)
〈同心円〉 心を耕す / 金光寿郎(元NHKチーフディレクター)
〈いのちのことば〉 大忍 / 板橋興宗(前曹洞宗管長)
〈行住坐臥〉
釈尊の教えと日々の生活 / 高橋堯英(立正大学仏教学部助教授)
生きたるは / 佐々木孝悦(元日本アルゴリズム社長)
縁なきものは無し / 橋本随暢(極楽寺前住職)
高野山金剛峯寺巡拝 / 中江宗圓(阿闍梨)
高野山と根来 / 渡邊暢久(在家仏教協会会員)
〈無尽灯〉
大いなる生命の流れのなかに / 加藤辨三郎(昭和29年7月号より転載)
〈編集後記〉から
一月十七日、関東一円に雪が降った。
乾いた日のつづいた後の雪景色は、新年の清新な浄刹(じょうせつ)である。
一昨年、創立五十周年を迎えた協会は、記念事業の特別講演会とシンポジウムを全国八会場で開催してきたが、その記録集の出版も昨年十二月に完了した。御講師、会員の皆さまに支えられてきた五十年の歳月を偲び、感謝の思いを新たにした日々であった。
その記念事業を通して、諸先生には協会の進むべき指標を示していただき、会員の皆さまからはお励ましのお声をいただいた。
『在家佛教』誌では、ここ四か月、「無尽灯」の名のもとで、創立当初の先達のお方々の願いと抱負を再録している。今月号は、社団法人に改組した昭和二十九年の五月の総会で加藤辨三郎理事長が語った在家仏教者の信念である。
「私が仏教を信ずることがどのようなかたちで私の実生活と結びついているか。私にとっては、僧侶になったり社会運動家になったりするよりも、一個の実業家として私に与えられている全生命を、念仏のなかにおいて燃やし尽くさせていただく、それこそが私の仏道行である。この在家佛教協会はすべての職業分野にわたって、一人でも多く仏教の何たるかを知っていただくように努力することが本協会の真使命ではないか」
当時五十五歳の加藤理事長の決意がほとばしる。
その頃、全国各地で分会の活動が始まっていた。同じ年の五月に群馬県の大間々分会が世話人星野新吉名で結成され、増谷文雄先生が講師として派遣されて法話会が開催された。
星野新吉氏は、今月号にご執筆の星野精助氏の御尊父で、精助氏の「人生雑感」から当時の背景が伝わってくる。ことし九十歳になられる精助氏は「わたしは商人道を歩むことを余儀なくされたが、ある時、この商人道を自分の聖道にしたいという誓願に目覚めた」と述懐しておられる。
雪の降った日の翌十八日は、日曜日の小春日和であったが、夕刻、坂東性純先生急逝の訃報が入った。先生には、先月、先々月号で「夢と三昧」を掲載させていただいたばかりである。先生の肉声を聴く思いで、いまその中のお言葉を拾いながら悲しみの中にいる。