『在家佛教』バックナンバー 

 

平成16年2月号(621号)から

平成16年1月号

表紙 新雪の室生寺  / 編集部・撮影

 

目 次


夢と三昧 〔下〕 /  坂東性純(坂東報恩寺住職)
人は仏の智慧を自力で獲得することはできません。仏智は三昧(さんまい)という場所に働き出るのです。人はそれによって自然(じねん)に助かるのです。

維摩居士の在家道 〈2〉 / 瀧藤尊教(元四天王寺管長)
卑湿(ひしつ)の汚泥に蓮華が清らかな花をひらくように、この現実の人生の中で人はこの世に対処しながら、美しい心の花を咲かせてほしい。

デクノボーのこころで生きる /  三輪真純(群馬・慈恩寺住職)


法演禅師の『四戒』 /  松原泰道(南無の会会長)

賜りたる人生の終焉を  / 瀬上敏雄(俳人)

グラビア ブッダの道 50 /  大蔵経の版木を蔵する韓国海印寺


大いなる宇宙のまなざし  / 大須賀発蔵(茨城カウンセリングセンター理事長)

〈行雲流水〉
昔と今 /  梶山雄一(京都大学名誉教授)
清水寺の朝  / 原田 清(歌人)
アメリカ時代と世界の宗教者  / 緒方 彰(元NHK解説委員長)
応帰  / 佐藤友則(仏教詩人)

〈同心円〉  賢愚和楽の世界  / 金光寿郎(元NHKチーフディレクター)
〈心月輪〉  半座を分かつ  / 石上善應(淑徳短期大学学長)
〈如是我聞〉 宗教対話と自己変革(1) / 奈良康明(駒澤大学学長)
〈叢  林〉 ダルシャン  / 及川弘美(東方研究会研究員)

〈行住坐臥〉
子どもの遊び、昔と今 /  木村隆徳(曹洞宗・海潮寺住職)
歩く宗教  / 川那部好香(滋賀・双林寺)

〈無尽灯〉 われらこの道を往かん
増谷文雄・長田恒雄・桑田 猛・加藤辨三郎(昭和32年1月号より転載)


加藤辨三郎・言葉抄 37  / 編集部・抄録


〈編集後記〉から


 冬至に近づいて、日が早く暮れる。毎晩、帰宅する頃には、中天に見慣れた三ツ星のオリオンが懸かっている。

 十一月の下旬から十二月にかけて、インドの仏蹟巡礼があった。ことしは雨季の雨量が多く、いつもの悪路がさらに荒れて、橋が不通になって迂回したり、道の窪みを避けてバスは船のように揺れながら速度を落した。その間、二五○キロ。釈尊成道(じょうどう)の地ブッダガヤーに近づいた頃には深夜を過ぎて、あとわずかのところで、そこからの夜道は警護の兵の同乗なしでは通行が許されず、兵の到着まで二時間近く路上で待機した。
 皆、バスを降りた。両側には黝々と街路樹が連なり、路上は漆黒の闇であった。その街路樹の上は、息を呑む満天の星。冬の星座オリオンも輝いている。その星の奥にも星があって、縹渺とした淡い帯状の光は銀河。子どもの頃に北越の山間で見ていた夜空がそこにあった。

 イギリスの文明批評家であったウェルズに次の一文がある。「ブッダの後の仏弟子たちは、地上の自分たちの無数の仏教解釈の電灯をつけ、その人たちの光に目が眩んで、いま肝心なブッダの世界の無限の星空を見ることができなくなった」と。
 貧しい自己の知性で理解し、構築し、安易に納得することを優先して、現実の挫折や破綻や綻びから、思いもかけず恵まれる人生の真実をいとおしむ心のうすれてきたことを戒める一矢であった。

 ヒンドゥーの家庭では、子どもが七、八歳になると、人生の大事を教え、その誓いを守る証しにその日から誓紐(せいちゅう)を身に付けさせる。古来の習慣を護持し、古老を敬し、両親に仕え、女性や弱者を援(たす)け、純潔を尊ぶ。
 その条々を誓わせるとき、子どもに「なぜ」の問いを許さない。それは子どもが実践を通して自得してゆくことだから、と。

 今月の坂東先生の「夢と三昧(さんまい)」には、「人がはからいを用いないときに向こうから自然にはたらき出してくるのが仏智で、人はそれによって自然(じねん)に助かる。人にできることは、その仏智がはたらき出す場をととのえることだけで、人は仏の智慧を自分の力で獲得することはできないのです――」。インド数千年来の深い智慧を聴いている思いがある。


 
 
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