月刊誌「在家佛教」のご紹介
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平成15年10月号から
平成15年10月号
目 次
いま、深く真実のいのちを見つめる高史明 (作家)
「私どもの生きる現代は、自分の立場に立ってその知恵を磨いて幸せを得ようとする歩みです。その歩みはどこへ行きつくのでしょう。」

天海僧正の面目(上)杉谷義純(元天台宗宗務総長)
「江戸時代を統括した徳川幕府の精神的なバックボーンは何であったかというと、それは天台宗の天海僧正と深い関わりをもつのです。」

いろは歌往生道亀井鑛 (同朋新聞編集委員)
「日本語の仮名四十七文字を一字ずつ使って作られた平安時代からの〈いろは歌〉には、仏教の根源の智慧が平易に詠いこまれている。」

<表紙>
ブッダに白蓮華を捧げる在家の信者編集部・撮影
<グラビア>
ブッダの道(46) 五台山金閣寺
<巻頭>
仏教と平和橋本聖圓 (華厳宗管長)

<行雲流水>
  風鐸今西順吉 (国際仏教学大学院大学学長)
  お墓ツアー秋田光彦 (浄土宗大蓮寺住職)
  ある非行少年の死吉元信行 (大谷大学教授)
  人生不思議吉野真常 (可睡斎専門僧堂後堂)

唯識教学の「いのち」松久保秀胤 (薬師寺前貫主)
現代社会と親鸞千葉乗隆 (元龍谷大学学長)
生き生きと老いる花谷和子 (俳誌「藍」主宰)

私の幼少期と浄土真宗岡光吉彦 (元海軍経理学校教官)
善き師、善き友に恵まれて星野精助 (星野物産<株>代表取締役)

社会浄化への努力采川道昭 (總持寺国際部次長)
よろこびの宇宙佐藤友則 (詩人)

<心月輪>
 君看よ双眼の色
石上善應 (淑徳短期大学学長)
<拈華微笑>
 健康法
坂東性純 (坂東報恩寺住職)
<如是我聞>
 智慧と慈悲
奈良康明 (駒澤大学総長)
<同心円>
 自心を観る
金光寿郎 (元NHKチーフディレクター)

<いのちのことば>
 足で足りている
板橋興宗 (前曹洞宗管長)
<叢林>
 在家者の歩む道
堀内伸二 (東方研究会専任研究員)

加藤辨三郎・言葉抄編集部抄録
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<編集後記>から

 越後では厳冬の涅槃会(ねはんえ)は、月遅れの三月十五日。その日、村の寺で仏舎利に擬した団子を撒く。その前に、雪囲いをしたほの暗い本堂で鬼の図を掛けて和尚さんの話がある。いまから思うと、涅槃経の「施身聞偈(せしんもんげ)」の物語で、わが身とひきかえに鬼から法を聞く雪山童子(せっせんどうじ)が登場する。今月号の「いろは歌往生道」を読みながら、その童子の施身を思い出している。

 赤い口を開けた恐ろしい鬼に童子が施身を約束して聴いた偈は、
  諸行無常(しょぎょうむじょう)
  是生滅法(ぜしょうめっぽう)
  生滅滅已(しょうめつめつい)
  寂滅已楽(じゃくめついらく)
 の四句であった。

  いろは匂へど散りぬるを(諸行無常)
  我が世誰ぞ常ならむ  (是生滅法)
  有為の奥山今日越えて (生滅滅已)
  浅き夢見じ酔ひもせず (寂滅已楽)
 の「いろは歌」が亀井鑛先生のお話で身近になる。無常のこの世で、なにものも生滅を逃れることはできないのだと念を押されながら、しかしその「生滅」は超えられるのだと、超えて涅槃に至るのだと鬼が語っている。

 ブッダには「第二の矢を受けず」の教えがあった。ボロブドゥールの大ストゥーパのレリーフに「ブッダ成道」の図があり、菩提樹下で結跏趺坐(けっかふざ)しているブッダに向かって魔軍が矢を放っている。ブッダの成道を妨げようと射る矢はブッダの前で悉く花と化す。生・老・病・死が現身(うつしみ)にとって避けるすべのない矢であっても、心まで破る矢にはならず、鏃(やじり)は花と化している。心に生滅の理(ことわり)が滅し已(おわ)るのは、全てを受容した施身の只中であった。

 今月号で高史明先生と千葉乗隆先生が現代に向かって心の危うさを語っておられるのも第一の矢にあらがう闇への深い洞察である。その闇に思い合わせずにいられないのは、近代のアメリカの神学者ラインホールド・ニーバーの祈りのことば――

 「神よ、変えることのできないものについては、それを受け入れるだけの心の落ちつきをお与えください。変えることのできるものについては、それを変えるだけの勇気を。そして変えることのできるものとできないものとを見分ける智慧をお授けください」

 その祈りは金子大榮先生の「天命に安んじて人事を尽くす」端的なおことばと重なって、涅槃への道を照らし出してきた「いろは歌」への思いをふかめる。

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