月刊誌「在家佛教」のご紹介
 バックナンバー 

平成15年1月号から
平成15年1月号
目 次
ページ
表紙 ブッダガヤー・大菩薩寺 編集部・撮影
ブッタの道(37) [グラビア]高昌故城4
すべての生命を大切に橋本 照稔5
知足谷口 光明45

行雲流水
  一毫も佛法なし吉野 真常6
  大地のささやき伴 勝代8
  占い師との対話A・スマナサーラ10
  アフガンと花森山 晴美13

年をとるということ石上 善應24
いま、真実のいのちを深く頂く 続高 史明51
良寛さまの法華経 3竹村 牧男76

Oさんとの対面大石 法夫16
生命について山田 法胤62

同心円
 ○×の世界と『即』の世界
金光 寿郎46
如是我聞
 真実は一つ
奈良 康明60
拈華微笑
 歴史観の違い
坂東 性純72

佛様が拝んでいます吉田 正賢74
煩悩無尽誓願断高橋 哲秋86
『いのち尊し』を贈る上田 悟88

連載
  老いに学ぶ 9
   老いることの意味
小島 寅雄48
  會津八一 人生と芸術 8
   東洋美術史
原田 清67

加藤辨三郎・言葉抄 27編集部・抄録94

 今月の表紙101
 在家佛教通信 記念行事/インド巡礼案内102
 編集後記105
 在家佛教講演会案内106
カット  杉本 順
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平成15年1月号より一部を抜粋します。
Oさんとの対面
ハンセン病施設を訪ねて

大石 法夫
(念佛者)

 (前略)

 私は会話の中で、Oさんに「目が見えなくなって何年くらいたちましたか」とお尋ねしました。「四十年くらいになります。」と、奥さんが代わって返事をされました。そうしたらOさんが「目が見えなくなって、今まで見えなかったものがよく見えるようになりました。」とおっしゃったのが印象的でした。
 いろんな話が出ました。すべては紹介できません。Oさんの境遇にかかわることに少しだけ触れさせていただきます。Oさんのお父さんは早くに亡くなられました。お母さんはご生前中、何度もOさんを訪ねてこられたそうです。新幹線のない時代に、遠隔地をものともせずに・・・・・・。泊りがけで列車を乗り継ぎ、通われたご苦労を聞かせてくださいました。
 お母さんは家におられても、ときにはあえて目をつむって、手探りで日常の生活をされることがあったそうです。「Oの不自由を肩代わりしてやりたい」。その話を、私はその席で初めてききました。お母さんの気持ちが、心にしみ込んできました。
 Oさんの二つ目の質問は、宿善についてでした。
 Oさんのお母さんは、入所前のOさんに「お前の助かる道は念佛しかありません」と諭された方です。お母さんはお元気な間、何度もOさんを訪ねてはしばらく滞在し、一緒に暮らされました。お念佛を自らもよろこばれた方のようです。Oさんにも佛法のお話をされたことが想像されます。「それが宿善となったのです」と、私は私の母を連想しながら、話を進めました。
 私は善き師にめぐりあって佛教教団に入れていただき、三十八年間のご化導をいただきました。師はその最晩年に、刑務所への出入りを繰り返す「Kさん」を預かるよう、私に申されたのです。そのKさんに私は助けていただいたのです。「光」にあえたのです。裏返して言えば、己の邪見驕慢を知らせていただいたのです。
 私の場合、「同情する」とか「親切にしてあげる」というのは、自分を優位において人を見下げていることを、Kさんによって知らせていただいたのです。それを知らされると、もう自分の力で生きてゆくことはできません。そこを機縁にして「佛様に帰命いたします」とならされました。そうなって初めて、三十八年間分からなかった世界が見えるようになったのです。

 (後略)

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