「行雲流水」より
こころの唄
瓜生津 隆真 (京都女子大学学長)
五木寛之氏の著『人生の目的』に、最近は親が子を捨てて蒸発する時代から、親が子を殺す時代になってきたと、そのいくつかの痛ましい実例をあげている。佛典に五濁悪世という言葉がある。人間も世の中も悪くなって対立争いは絶えず、時代は混迷し、思想は乱れ、欲望にとらわれ、社会は堕落し、生命を粗末にする、というのであって、現代はまさしくそのような時代となっているのではないか。
昨年七月、天声人語にも取り上げていたが、四十三歳の母親が入院中の長女(一五歳)に薬物を混ぜたお茶を飲ませて殺そうとした疑いで逮捕された事件があった。その理由は詳しくはわからないが、長女には三千数百万円の保険がかけられていた。すでに長男と次男も同じ症状で亡くなっている。わが子をなぜ殺すのか。母の心は一体どうなっているのか。
しかもこのような事件はけっして珍しくないという。ここ十数年に、保険金目当てにわが子を殺した父親や母親が幾人かいた。高校生の息子を殺し、遺体を交通事故に遭ったように装っていた父親、息子には五千数百万円の保険がかけられていた。娘に六千万円の保険をかけ、殺し屋にころさせた父親、小学生の娘を家とともに焼死させ、保険金で借金を返し、マンション購入の資金に当てていた母親、等々。無論その数は多くはないが、人の命よりも、家族の絆よりも、お金が第一という親がいるという現実がある。この現実をみると、物の豊かさを優先し、自我中心に生き方を進めてきた二十世紀のツケが一気に噴出して来た感がするという。まったく同感である。私は天声人語を読みながら、ふと「天竜小唄」のことを思い浮かべた。
天竜くだればシブキがかかる
かけてやりたや桧傘
桧傘では片袖ぬれる
もたせてやりたや蛇の目傘
戦後、「慈光」詩を発刊し、多くの人びとに多大の感化を及ぼされた花田正夫先生(一九〇五〜一九八七)は、『生死を超える道』のなかに、母の心について「子は親から生まれながら、親から離れていくが、親は離れていく子に、影の形に添うように何処までも寄り添うていく」とのべ、この小唄を引かれている。恵那の奥地で育ったわが子が世に出るため職を求めて天竜川の急流を筏に乗って下っていく。そのわが子の行き先の無事を念じて、いつまでも見送る母親の心を見事に唄っている。
花田先生は、この小唄に見られる母の心を深くたずね、その中から母の愛を超えた佛の大きな慈悲が仰がれると次のように述べられている。
「天竜川とは人生五十年百年の旅である。そこに無数のシブキがかかる。苦のない人生はなく、一難去ればまた一難と次から次にと尽きることがない。こうした人生に種種の日傘がある。家族、親類、縁者、師、友、知人等である。・・・・・・」
このように人生には、さまざまの支えがあり、また慰めや癒し、励ましがある。なによりも親の心、とりわけ母の慈愛がこの世での最高の頼りであることはいうまでもない。しかしこれらはみな日傘であって、人生の水シブキから完全に身をまもるものではない。「今生にいかにいとほし不便とおもふとも、存知のごとくたすけがたければ、この慈悲始終なし」(歎異抄第四章)といわれるように、どんなに深い愛情をもってたすけたいと思っても、思い通りにたすけることができないのが人間の愛であって、人間の力には限界があるからである。いま私たちは人間の力を過信し、自己に思い上がっているが、このことにどれほど気付いているか、大いに反省を求められるであろう。
われわれ人間のいかなる力も「蛇の目傘」にはなりえないとしたら、何が「蛇の目傘」となってくれるのか。『歎異抄』には、つづいて「しかれば念佛申すのみぞすゑとおりたる大慈悲心にて候べき」とあって、念佛の声となってわれら衆生の上に終始一貫してはたらく佛の大慈悲心こそ、「思うがごとく衆生をたすけとげる」力である、という。
天竜川の急流はわが子が超えて行かねばならない人生の道、そこに人間の力では超え難い苦難のシブキがかかる。その苦難をのり越えていくために支えとなろうとしても、わが子の苦難を母の力ではどうすることもできないと、大悲の大きな傘による佛の加護を願う、―この小唄にはその母の心が溢れているのではないのか、と私は感じる。そうしてそれこそ母の「こころ」というものであろう、と思う。
日傘もシブキから身をまもってくれるが、それには限界がある。そのことに気付き、蛇の目傘である佛の大慈悲心に目覚めるとき、おのずから深い喜びが湧き、感謝の心が起こってくる。それが私たちの歩む真の道でないのか、私はそのようにこの小唄のこころを受け止めている。
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