月刊誌「在家佛教」のご紹介
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平成13年4月号から
平成13年4月号
目 次
ページ
表紙 中国・杭州 浄慈寺大雄宝殿 編集部 撮影
ブッタの道(16)〔写真〕舎衛城
4
人間を超えたものを想う多川 俊映5

行雲流水
  共生の思想上田 正昭6
  お風呂と湯灌のルーツ新井 慧誉8
  忘れられない「同志」阿辻 哲次11
  花浄心滋野 敬淳13

佛教・佛道・佛法金光 寿郎16
なることからあることへ松長 有慶40
信の風光<座談> 続
―ハワイの佛教徒と語る
加藤辨三郎30
一道を歩みつづけて 7
 「転機」のその後
大石 法夫46
「高木顕明」からの出発阿満 利麿72
玄奘三蔵法師 12
 真実の浄土
山田 法胤86
お返しの心小林 隆彰58
ミレニアム小林 博聞56
野晒紀行(芭蕉)に想う吉田 國廣70
一人一人が主人公金石 晃陽90
日本の将来を憂う 5
 保守と革新の異同を弁ぜよ
和田 隆53
日本佛教の流れ 20
 天台密教の僧たち(一)円仁
田村 晃祐92
自然と生命の物語(4)上田 悟77
釈尊と外道(2)〔詩〕 二橋 すすむ65

 今月の表紙69
 在家佛教催し物案内<佛蹟巡り・坐禅会>45
 編集後記97
 在家佛教講演会案内98
カット  杉本 順
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4月号より一部を抜粋します。
「行雲流水」より
花浄心

滋野 敬淳
(近江・三井寺法明院住職)

 禅語に「花者(ハ)養(レ)心」という言葉がある。
 また「花無心にして蝶を招く」とも言われている。花は蝶を招こうと思って咲いているのではない。四季を通して、秋冬春夏に花は咲く。天然自然の理に従って花ひらく。その美しい花に接して、心を養い心を浄めなければならない。
 床に花を活けて飾る。応接間の花瓶に花を活けて、部屋が花やかに感ぜられる。花を活け、花を賞でるだけでなく、見る人の心の目を開く。花ひらき花かおる。花無心にして天理を示すと思わなくてはいけない。
 命ある花を切って佛前に供え、また生花として部屋を飾らして頂く。その花に対して人々がその心を養い、その心を浄めなければ、花に対して申し訳なく思われる。
 三井寺の北谷に私の住持する法明院がある。御承知のように、明治初年、神佛判然ノ令により伝統ある佛教美術を危機に瀕せしめた、愚かな排佛棄釈の嵐の中で、日本美術の精華を説き、その啓蒙と保護に尽くされたフェノロサ、ビゲロー両博士の墓碑がある。其の処に今、美しい白い山茶花が咲いている。近くの梅の古木には小さな蕾が、春を待っている。
 私の拙句に「先がけて 時知る花や 梅一輪」がありますが、少し時が経つと、嵐雪の「梅一輪 一輪ほどの 暖かさ」になる。また昨今の小学校ではどうか判らないが、私達が習った歌に「花が咲く花が咲く どこに咲く 山に咲く里に咲く 野にも咲く」という「春が来た」が浮かんでくる。
 長い長い雪の冬から開放された、春到来の喜びが肌に伝わってくる。このような感懐を表わす茶席の一句「一花 開いて天下春なり」に春到来の歓喜が表現されている。
 この一句の奥には更に深い意味が込められている。ここにいう「一花 開く」は唯、梅や冬の花がひらくことのみでなく、心の花を開かせよとの意味である。
 十二月八日は佛教徒の年中行事の「成道会」であり、また昭和天皇の詔勅による開戦記念日でもあるが、再びこのような記念日のないよう、深い懺悔と自戒と反省の日にしたいものである。新聞はこの重大な日について口を閉ざしている。
 さて、よく言われよく説かれているように、釈尊が六年間の苦修練行の後、菩堤樹下に静坐し瞑想し、二十一日目の暁の明星と共に忽然として「縁起の法理」一切諸法因縁生、諸法実相の開悟に到達された。併し乍ら、この所に到る六ヶ年の苦行、あの出山の釈迦の尊像に見られる骨と皮の練行があればこそと拝察されるのである。六ヶ年の苦修練行がなければ、釈迦族の王子悉達多太子の境遇であれば、何年かかっても開悟は得られないであろう。
 この悟りの眼からみれば、犬猫水魚も山川草木も悉有佛性、善悪雑多な人間の住むこの世界もそのまま浄土であり、常寂光大調和の世界である。この「一花開いて天下春」は永い忍苦精進の究極に到達した転迷開悟の喜びを表わすものと言える。
 凡小の我々人間には及びもつかないけれども、この調和を保つことの如何に大事なことか、心身共の調和である。我々人間は五欲煩悩、邪念にむしばまれ、愚かな分別、愚疑を弄して右顧左眄して身の措きどころを失っているが、それらから脱して天真爛漫にならなければならないと思われる、中国唐の布袋和尚のように。
 今年は辛巳歳、七福神参りして布袋さんの余徳にあずかり授けられたいと念ずる。この天真爛漫こそ、花の無心に通じるものであり、また茶道、書道、剣道の無想の心に通じることではないだろうか。

*

 尚、法明院には時雨亭という茶室があるが、これは表千家の久田宗也宗匠が昭和十年に設計建立され、四畳半本席、待合、水屋、露地石、にじり口、山水を引き入れた蹲踞石など本格的な茶室である。明和時代の法明院の古図を見るとここには能化所化部屋があったが、昭和九年の第一室戸台風で倒壊したのを復興されたものである。
 想うに草庵風な独立した茶室を考案したのは千利休と言われ、それ以前は茶室の広さは武野紹鴎宗匠によって四畳半と定められていた。
 この四畳半は、主殿造りと称される書院造りの一の間が十八畳で、その四分の一の広さに「かこい」で仕切って用いられていた。これは三井寺の国宝光浄院によく表わされている。
 待合から調和ある露地石を静かに歩み、静寂純潔に、蹲踞の水に雑念を払い、茶室のにじり口から入る四畳半は身分の貴賤上下なく一味平等の世界、床には心づくしの御軸、活花が飾られている。花は野にあるように、また王位に即いた皇子のように活けられている。宗匠だけでなく、その道の人は、一枝一条もみだりに切ることはない。
 頭の中にはや天地人の形を画き、葉があれば一葉を添える、花の心を汲んで、花を活かし、また自分の心を花に表現するところに花道の心があるのではなかろうか。
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