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2018年2月掲載

自然科学と佛教(2ー1) 武藤 義一

第二次世界大戦の終った後で、アルバート・アインシュタイン博士が科学は手段としてはきわめて優れているが、価値と目的に対しては盲目であることを指摘されたそうであるが、原子爆弾の惨禍を身をもって体験したわれわれには、特にそのことが痛感される。自然科学はこれまでに多くの新しい知識と福祉を人類に与えはしたが、その反面に新たな不幸と惨害とを齎らしたのである。この間のことがらは前回に述べたつもりであるが、ついに原子力時代を迎えるに至って、深刻な不安をわれわれに感じさせるようになった。

すでに説明したように、われわれ人類が新たに解放した原子力なるものは、それが建設的方向に利用されてゆけば、限りない光明の世界が現出するであろうことは想像にかたくない。しかし、もしこれが原子爆弾のような破壊的方向にのみ利用されていったとしたならば、今日まで営々として築きあげた人類文化はすべて破滅に向うほかはないであろう。

原子力も一種の自然力であるが、たとえば火や水などのような自然力と異って、それに打ち勝つような他の自然力は存しない。その点から云っても、不安がさらに増大されるであろう。したがって原子力の解放に成功した人類は、今や光明と暗黒の岐路に立っていることになる。

原子力はそれに打ち勝つ自然力が、他に存しない強力なものである。

ここで注意しなければならないことは、湯川博士も指摘しておられるように、少なくとも地球上においては、この原子力なるものは、人間の手を通じてのみ発現されるということである。したがって光明の方向に発現させるか、あるいは破滅の方向に発現させるかは、まったく人間の心の中の問題である。われわれは光明と暗黒の岐路に立っているといったが、そのいずれの路を撰ぶかは、まったくわれわれの自由である。ここにおいて今こそ人間の精神性を充分に反省して、解決を与えなければならない時期が、将に到来していることはいうまでもない。

しかしながら、誠に幸なことには、この人間の精神的内面性の解釈に関することがらは、すでに三千年の昔、釈尊によって解決が与えられている問題なのであって、われわれはこの教に従ってゆきさえしたならば、破滅をふせいで光明の世界を現出させることが、可能となるのである。

このように考えてくると、現代の佛教者に課せられた任務はまことに重大である。

宗教に包まれていない文明は、浅薄なものに止ることは論を俟たない。しかしそれと共に、自然科学の基盤を有しない文化は脆弱であり、また科学を包容し得ない宗教は、現代の指導原理たり得ぬであろう。もちろん明日の精神界を
擔当出来ぬことは明らかである。したがって佛教者が、その使命を達成するためにも、自然科学の理解は極めて必要であると思う。この拙文を草するのも、佛教と関連する自然科学の一端を紹介し、もって現代危機の解消にわずかでも寄与したいと念願するからである。

古代からいろいろの自然現象を解明してきた人間は、やがて自然哲学を形成するに至った。このことは周知の通りであるが、その基礎をなすものは、宇宙観と物質観であると思う。そのうちで宇宙観に関しては、前回において、佛教のいわゆる『三千世界』と対比させながら、現代の科学が得ている自然科学的宇宙観の一端を紹介した。したがって今回は物質観について語ろうと思うが、現代の物質観を展望する前に、佛教にあらわれた物質観を回顧することにしよう。
 物質を細分してゆくときは、ついに分子や原子に到達する。その原子もさらに電子や陽子などの素粒子からなっていると考えるのが現代の物質観の根本であるが、インド哲学史上に、このような原子論的物質観の起源を求めることができるのは興味ふかい。すなわち勝論(かつろん)派哲学の開祖である迦那陀(かなだ)によって体系づけられた『極微説』がそれである。この思想は佛教にも影響を及ぼし、有部(うぶ)の教学に取り入れられるに至った。世親(せしん)菩薩の撰述せられた倶舎論(くしゃろん)の世間品(せけんぼん)に詳細な説明があるから、すでにご承知の方が多いと思うが、簡単に紹介しよう。

極微説においてはその名の示すように、原子かむしろ今の言葉で言えば素粒子に相当するものを極微(ごくみ)(paramāņu)と唱えている。それに二種のものを考えているが、最小位とされる『最極微』は全く概念的なもので、五根(眼耳鼻舌身)と五境(色声香味触)を合した十色の一々の最小単位としている。実質的なものではなく、われわれの慧力によって推定することができるだけのものに過ぎない。これに対して、十色のうちの有形的なものを構成する最小単位が『色極微』である。これとてもわれわれは全く見ることができない観念的存在ではあるが、しかし実有とされるものである。この極微は独立して存することはなく、必ず集合していると考える。平面的ではなく立体的に集合して、ついに山岳などの巨大なものにまでも至るとする。

その集合の有様は、一の色極微を中心として、その四方上下の六方に一極微ずつ集ったものが集合の初めで、この六方中心の七極微を『微塵微』と呼んでいる。この微塵微が初めて眼見によって知ることができるものとしているが、この場合は眼見といっても天眼以上でなければ見得ないとしてあるから、今日で例えれば、電子にでも当ると考えてよかろう。更に七微塵微が集ったものを『金(ごん)塵(じん)』といい、七金塵の集ったものを『水塵』という。この上は、同様に順に七ずつ集って、兎毛塵・羊毛塵・隙遊塵となる。さらに、七隙遊塵の集ったものを『蟣(き)』と称する。
一蟣は実に82万3千543個の色極微を含んでいることなる。この上は、七蟣を一蝨(しつ)、七蝨(しつ)を一コウ麦、七コウ麦を一指節と称しておる。さらに三指節が集って一指をなしているとし、このようにして、すべての有形物が形成されると説明するものである。

この色極微はおのおのの堅性・濕性・温煖性・行動性の四種の性質を具えるものとされ、この四つの性つまり本質が事情によって、あるものは強く、あるものは弱くなる。

したがって、堅性の強い極微が集まると金や石になるとし、それが地界を形成しているとする。同じように、濕性の強くでたものが水界、温煖性のあらわれたものが火界、行動性が風界にそれぞれ対応していると見なすのである。このような対応から極微の本質である堅・濕・温煖・行動を、地水火風とも称して、これを併せて四大と呼ぶのが普通である。
この四大はいろいろの有形物にそれぞれ異なる性質を与える源であって、実際の地水火風とは勿論異なるものである。それゆえ、その区別をする必要があるときは、実際の地水火風を事(じ)の四大(だい)、あるいは 假(け)の四大と呼ぶのに対して、極微の性を示す場合には、実の四大、あるいは性(しょう)の四大と読んでいる。

さて万物はみな四大から成るとはよく謂われているが、ほんとうは、単に地水火風のみからなるものではない。色香味触を四(し)塵(じん)と呼び、この四塵と四大が相集って自然界を作っていると考え、すべての自然現象を、その離合集散に基くものとして説明するのである。この四大も四塵も極微より成っているとするのは勿論であるが、その極微の本体は、永久不変なものと考えていたことに注意を要する。

以上が、倶舎論の世間品(せけんぼん)にあらわれた極微説の大要である。永久不変な実体を認めている点は、原始佛教における精神と、甚だしく背反したものと言わざるを得ないと思う。

佛教は元来、われわれの生存を中心としている教であって、宇宙や自然を、客観的に解釈するようなことはなかった。南伝の摩羅迦小経の伝えるところによれば、摩羅迦比企が釈尊に対して『世界は常住であるか、無常であるか』。『世界は有であるか、無であるか』。『われわれの霊魂は身体と同じであるのか、別であるのか』『人は死後も存するのであるのか、存在しないものであるのか』などを問うたときに、釈尊は、

『これらはみな、私の説かないところである。何となれば、これらは義をともなわず、法に契(かな)わず、修行に関係なく、執着をはなれ、涅槃(ねはん)にいたることに役立たないからである。』

と答えられ、有名な 毒箭(どくや)の譬を示されたということである。これは、われわれの真実の人生を見極むることに関係のない形而上学などは、佛教の出発点において捨てたことを意味する。けれども時代を経るにしたがって、思惟が発達してゆくとともに、宇宙や自然界の問題に興味を有するに至るものである。そのために、この方面のことが説かれることもやむを得ないであろう。

しかし、佛教の根本思想は、すべて永久不変のものは存しない(諸行無常)とし、又すべて実体的なものを認めない(諸法無我)とするのである。したがって、倶舎論に示されている有部(うぶ)の極微説に対して、反対論の出ることも容易に想像し得るところである。その一例を訶梨(かり)跋摩(ばつま)の成(じょう)実論(じつろん)に見ることができる。その説によると、物質を細分すると極微(隣(りん)虚(ご)と称する)に至るが、これを分析すると、直ちに空すなわち無に帰するとする。

しかし無がいくら集っても有にならないのであるから、その意味で、いかに 有部(うぶ)の実在論を駁(ばく)したからといっても、大なる矛盾に陥ったものと言うべきであろう。

 以上はすべて小乗系の思想である。倶舎論の著者たる世親菩薩が、後に大乗に帰入してきわめてすぐれた教学を樹立したことは、よく知られたところである。その中で極微説の実有に執している点が、唯識思想によって破せられている。それはたとえば、唯識(ゆいしき)二重論に見られる。さらに元来無であるのに、外境が何故現ずるかについては、唯識三十頌(じゅ)などに見られるが、その説明は筆者の到底なし能わぬところであるから略することとした。ただそれらの思想の流れ、すなわち原子論的物質観―永久不変の原子観―原子の恒久性と実体性を否定した物質観が、近世の科学的物質観と、現代の物理学によって得られた物質観との関係に類似していることは、何ものかを暗示せずにはおかないであろう。

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