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2017年12月掲載

自然科学と佛教(1ー1) 武藤 義一

プリンストンに在る高級研究所は湯川博士もそこで研究に携わっておられた所で、 アメリカ科学界の最高の研究所であるが、その所長のロバート・ オッペンハイマー博士は現在の世界の原子科学者中の最高峰と謂われる人で、アメリカ物理学会の会長もしている学者である 。このオッペンハイマー博士が古代の印度哲学に深い関心を有しておられることは、現代の日本の佛教者に深い暗示を与えるものと思う 。

同博士はアメリカの著名なサンスクリット学者であるアーサー・ライダー氏と親交があって、毎週木曜日の晩にはライダー氏の研究室にその道の学者と一緒になって婆羅門教の聖典である Bhagavad-Gitaを原典によって研究された由である。

ところが、その研究が進むにつれて、現代の科学によって進歩発展せしめられた諸概念の多くが、婆羅門教の教義に著しく酷似していることに驚くと共に、深い興味を感じて、今日に至るまでその研究を続けておられるそうである。

その教義によると、 われわれの感覚器官を通じて認識している世界は、単に表面的に現れている世界だけであって、真実の世界はすべて事物の背後にひそみ隠れているとなすのであるが、現代の自然科学もまったく同様に考えているのである。そうして、婆羅門教は正にこの真実の世界の姿を知らんとすることを目的としているのであるが、しかしその方法は異っているわけである。婆羅門教の教義によると、われわれは自分の感情を抑制しなければならず、それと共に内観introspectionすることによって、真実の世界に到達すると教える。これに対して、科学では数学を応用するとともに、推理を行うことによって真理を発見するものである。オッペンハイマー博士は、このような類似性に引きつけられたと伝えている。尚、世界で最初の原子爆弾がアラモコルドの試験場に於いて爆発に成功した瞬間に、その恐ろしき破壊の光景を目撃した同博士には、その聖典の一節であるところの、

『最高神の輝きは、もし数千もの太陽があって一時に空中で爆発したならば、その輝きこそそれを示してくれるであろう・・・・・・・・・・・・・・
私は今や、この世界の破壊者たる死そのものになってしまったのである・・・・・』

これらのことは、婆羅門教を止揚することによって成立したとも考えられる佛教に、そのまま通ずるものがあるだけでなく、佛敦がさらに高度の教義を含むことを考えると、現代の指導原理として佛教が高く評価さるべき位置にあることを端的に物語っていると思う。ここに佛教の近代化の途を見出せるのではないかとも考えられるが、科学時代の宗教として、科学の進歩につれて益々輝きを増すと謂われるをこのまま埋れさせるようなことがあってはならないと思う。その意味でも、われわれは一層の奮起をしなければならないのではなかろうか。

現代が科学時代であることは論を俟たぬ所であろう。われわれの文化のうちで自然科学の占める位置はまことに大きく、今日の社会においては自然科学の基盤がなければその文化は到底成立し得ない程になっている。従ってもし宗教が現代の指導原理足らんとする場合には、自然科学に対する充分な理解がなければ、その役割を完全に果たせないのではなかろうか。特に宗教の実践的方面に在っては、自然科学の基礎をなくしては充分にその力を発揮することが出来ないのは明らかである。しかも実践を離れて宗教というものはあり得ないのであるから。

現今に於いては佛教者の多くの人々は自然科学の理解が充分であるとは言えないのではなかろうか。一方に於いて、世人の多くが佛教と自然科学がまったく相反するものの如くに思い誤り、佛教を否定することが即ち科学的態度なりとして得々たるものすら現れていることは、まことに悲しむべきと謂わねばならぬ。これは一面には、従来から佛教者と科学者の接触があまり多くなかったことと共に、佛教の外面に現れた宗教的儀式だけが浅薄に眺められていたことにも原因があると思う。けれども、それと共に往昔の祖師方のなされたように、その時代における科学的水準に応じて、自然科学的世界観を比喩となしつつ人々の理解を容易ならしめるという努力、即ち佛教を近代化することが充分でないような気がするものである。
 これから現代の自然科学的世界観の一端を紹介しつつ、それと佛教との関連を述べたいと思う。若しこの拙文によって佛教者の人々が佛教を近代化し、その教義を布教するときの、何等かの参考にでもなることがあったとしたならば誠に幸である。

17世紀以後の自然科学の進歩発達の目覚(ざま)ましさを見ると、このまま科学が発達してゆけばすべてのものが解決できるであろうとする科学万能的な傲慢(ごうまん)な態度を生じたのも、まったく無理からぬことと思われる。基礎的な研究部門においても、応用部門である工業や農業、水産業などにしても、画期的な発明や発見が相次で行われたが、それらが20世紀に入って更に進歩の度を著しく増したかに感ぜられる。今その有様を、自然科学的宇宙観を例として概観することにしよう。宇宙観を選んだのは、大局的に考えたときには、自然科学全体の研究の最終目的の一つはこの宇宙の実体を明らかにすることにあると信ずるためである。

渺々(びょうびょう)とした海洋のかなたに、よもや大陸などがあろうと想像しなかった時代には、コロンブスのアメリカ大陸の発見はまことに大事件であって、これによって今までの地球観を一変させたのであった。それと同様に望遠鏡の発明とその発達は、それまでの宇宙観をまったく一変させたのであって、現今ではわれわれは望遠鏡の力と科学的智力とを組み合せて宇宙の神秘を探らんとしているのである。

宇宙の構造については太古より種々の説があり、 またその始まりに関しては、 或いは宗教の教義中に取り入れられたものもあるほどで、 雑多な推測がなされた。

しかし、 それらはしばらく置くとして、科学的に宇宙の構造を初めて明らかにしたのは実に19世紀になってからで、その初頭にイギリスのウィリアム・ハーシェルの唱えた宇宙構造論を嚆矢(こうし)とする。一体、科学的に宇宙の構造を知るためには、星の距離と星の数を決めることが第一に必要なことであるが、19世紀初頭は恒星(こうせい)の視差(しさ)が測定できた年代なのである。

星の距離はどうして測るかということを疑問に思われる読者がおられるかも知れないが、その原理はよく土木技師などが赤白の棒を立てて測量(そくりょう)義(ぎ)をのぞいているのを見掛けられると思うが、 あの三角測量と同じなのである。 

測量技師は、ある基線を定めてその長さを正確に測り、次にその基線の両端から測(はか)ろうとする点をのぞいてその挟(はさ)む角度を測り、 それから計算によって距離を求める。星の距離を知るのも同様に求められるのであって、基線としては測ろうとする星の遠近に応じて、地球の直径とか地球と太陽との距離を選べばよい。

そうして目的とする星を除いて挟(きょう)角(かく)を測るのであるが、その角を視差と呼んでいる。この視差はまことに小さいものであるに、精密な測定器械が出来あがるまでは、多くの天文学者の努力にもかかわらず正確な値が見出せなかったのである。

星が惑星(わくせい)と恒星(こうせい)とに大別されることは御承知のことと思うが、我が地球のように太陽のまわりを回転して太陽系を形成している星が惑星であって、それに対して普通相互間の位置が変わらないと思われるものを恒星と呼んでいる。惑星は比較的近距離にあるため視差を測り易く、コペルニクスの時代には既にかなり正確に知られていたのであって、例えば地球と太陽の距離は約1億5千万粁であることが知られていたのである。ところがこれに対して恒星は比較にならぬほど遠距離にあるために、距離の単位として特別なものを考えなければならないことは容易にうなずけるであろうと思う。その為天文学者は視差を基として『パーセック』という長さの単位を用いているが、われわれにはそれよりも、その星から光が地球まで到達するに要する時間で表してある方が親しみやすい。光は御承知のように、一秒間に地球のまわりを7回半まわるのであるが、太陽から地球まで到達するには500秒を要するのである。それが恒星では、最も近いといわれるプロキシマでも5ヶ年を要するのであって、これを5光年の距離と言い表している。

さてハーシェルはこれらの恒星を研究した結果として、この宇宙は太陽がほぼその中心に位している恒星系であって、その形は円盤状であるとしたのであった。そうして、この円盤の面が天の河、銀河の面であることを見出したのである。ハーシェル以後の多くの学者は、この銀河系宇宙をさらに詳細に見極めようと努力したのであった。しかるに、さきほど星の距離の測定のところで述べた視差によって求める方法では、600光年以上遠い星では測ることができない。この困難を解決するために多くの努力が払われて、その結果として、変光星や連星とかの特殊の星を観測して、それらの観測値(かんそくち)と距離の間に一定の関係の存することを見出したり、或は星のスペクトル線を調べてそれが距離と関係あることが分かったりしたために、直接視差によらずに間接的な方法でかなり正確に距離を知ることができるようになった。そのために、20世紀に入ってから宇宙観に著しい進展が生じたのである。

まず銀河系宇宙の構造を詳しく研究できるようになった結果、それまで大きさが1万光年くらいであると思われていたのが、実際はさらに大きなものであって、しかもこれまで観測していたのは銀河系そのものではなくて、その一部である局部恒星系にすぎないことが明らかになった。本当の大銀河系はずっと大きいもので、 15万光年くらいの半径を持っており、且つそれが2億年くらいの周期で回転していることまで知られた。即ちわが太陽系は、この壮大な大銀河系の一部である局部恒星系に属しているのであって、さらにこの地球は太陽系内のささやかな一員にすぎない。

さて大空には星雲と称する雲のように茫漠としたものが観測されることは御承知のことと思うが、この星雲に関する知識が進むにつれて、われわれの宇宙は大銀河系だけでないことが分かってきた。即ち星雲も大銀河系内に存在していると思われていたのが、その距離が明らかにされた結果、銀河系外にあると考えざるを得なくなったのであって、望遠鏡で認められる数千万個にも達する星雲中で、銀河系に属しているものは数百個位にしかすぎない。今日、世界最大の望遠鏡で写真撮影を行うと、実に5億光年の遠方の星雲が認められるということで、しかもその位の遠方にあるものが1億個ぐらい存在していると推定されている。
しかも今後さらに大きい望遠鏡が建設されれば、もっと多くのことが明らかになり、宇宙の大きさも更により大きいものであることが分るようになるかも知れないということである。

この壮大な宇宙観は、佛教の三千世界の観点と似ているように思う。

まず太陽はそのまわりに地球や火星などの惑星を有するほかに彗星や小惑星があり、また各惑星には地球に月が属するように衛星が存在していて、これらの多くの眷屬を引きつれて太陽系を作っているが、これが小千世界と考えられる。太陽系はさらに多くの恒星と共に大銀河系を作っているから、それは中千世界と考えてよかろう。さらに大銀河系は無数の星雲とともにこの大宇宙を作っているから、これこそ大千世界であろう。しかもこの大千世界たる宇宙は有限の大きさに止る静的のものでは無くて、刻々に膨張しつつあるところの動的なものである。まことに、壮大な膨張宇宙 ── これが自然科学的宇宙像である。

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