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出会い(『仏教とわたし』コマ文庫版より)

私の心の師は、 金子大栄師である。 しかし、 その出会いは、 偶然といってよかろう。 京
都大学在学中のある日、私はふと、書店で「 仏教概論 」という新刊書を見つけた。 妙に読みたくなってそれを買った。 著者については何も知らなかったが、その著者こそ金子大栄師であったのである。 けれども、その本はあまりにもむずかしく、私は最初の幾ページかを読みかじっただけで、棚( たな )にあげてしまった。 収穫は、著者の名を記憶したにとどまる。

その後、 幾月かたった。 ある日、私はふと、校門の掲示板に、 金子大栄という文字を見 つけた、それは仏教講演会の案内ビラであった。 私は、よし行こうと決心した。 諧師が、 例の難解の書の著者であったからである。 指定の日、指定の会場へ行った。それは東山に近い岡崎別院であった。 講師は、いうまでもなく金子大栄師、 私にとってはじめての出会いである。 講題は観無量寿経、 それもすでに何回か連講されたあとの一節であった。 生まれてはじめて仏教を聞く私に、わかろうはずはない。じっさい何もわからなかった。 それでも、 私はしまいまで席を立たなかった 。聴衆がほんの数名であったため立ちにくかったのも事実だが、師のひたむきな熱弁に心を引かれたことも、うそではない。 私は四十数年たった今日でも、師のその日の姿をありありと思い浮べることができる。

しかし、 その日の私は、 まだ気まぐれな一聴取者に過ぎなかった。 ごあいさつもせず、 閉会を待ちかねて私は退出したのである。 にもかかわらず、帰路何回か私の頭によみがえ ってくるひとつのことばがあった。「 下品下生( げぼんげしょう )」というのである。 珍しかったためであろうか、 このことばは、 その時いらい私の頭にこびりついてしまった。 しかも、 念仏は こういう人のためにあるとの話であった。 わからないながらも、 私は、 この日ひとつの宿題を与えられた結果となった。

しかし、 私はこの日からすぐ仏教信者になったのではない。 それどころか、師の講話もその後一回も聞くことなく大学を出てしまった。 そして民問会社に就職し、じらい約二十年、 私は仏教に限らず、宗教のたぐいにはすべて顔をそむけて通り過ごしたのである。

ところが、 四十歳を過ぎたころ、よい先輩のすすめによって、 私にも、もう一度仏教を聞く機会が与えられた。そうして、再び金子大栄師のおもかげを忍ぶようになった。 私は師の著書をあさりはじめたのである。そして出会ったのが、師の著「 人 」である。 私は、この書によって眼を開かれたといっていい。 そこには、仏教でいう五眼が、平易なことばで書かれていたからである。肉眼、天眼、 慧眼、法限、仏眼、私はおどろきとともに、不思議な魅力を感じた。 私は、それまでの私の愚かさを恥じないではいられなかった。 私には、 ただ肉眼しかなかったのだった。 それも 死んだ魚のそれのような曇った眼 。仏眼はしばらくおくとしても、 天眼、慧眼、法眼とは、どんな眼であろうか。

それにひかれたばかりではないが、ともかくそれ以来、私は師の著書をむさぼり読んだ。 著書を読むだけでは満足できず、遂に師に、東京へのご出講をこうに至った。 終戦後まもないころである。 師は快諾くださった。 その後、師は毎年上京して、私たち同志のため講演くださっている。 四十年前には、 私は師との出会いを偶然としか考えなかった。 しかし、 今では一書店で師の著書に出会ったことさえも、遠い宿縁と喜ばずには いられない。 偶然を宿縁と感ぜしめるもの、それが念仏なのであった。ここで私は念仏について一言しておきたい。 これこそが、私が師から学んだ最大の収穫だからである 。私は師によって私がいかに驕慢( きょうまん )であり、 怠慢であり、軽薄であり、不徳であるかを、いやというほど知らされた。

それでも、 念仏を称えることはできなかった。 本願を信ずる ことができなかったからである。 その他の点は、いちいちわかるにかかわらず、肝心の本願とか、浄土往生とかの段になると、どうしてもすなおにうなずけなかった。 だが、遂にその日は来た。 私は、 私の思考の一切が思いあがりに過ぎないことを知ったのである。 まさに、刀折れ矢つきた思いではあったが、ともかく私は念仏を称えた。 そして、称えてはじめて知った。 念仏こそが、 弥陀の本願そのものであることを、 捜し求めていたものは眼前にあったのである。 浄土往生も議論の必要はなくなった。 行先を浄土といおうと、ネハンとよぼうと、 明るいことはたしかである。 私の生きて行く道が、ここに定まったのである 。あとは、 日々の生活を与えられるままに営んで行くだけである 。私は師を通じて仏教に出会ったことを無上の喜びと感じている 。 

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